学芸員のひとりごと (第9回・平成22年5月23日)
長らく更新に時間が掛かってしまいました。
年度の始まりは、学芸業務も事務業務も多忙でして、
おかげで、蕨生地区の神社・埴安姫神社で奉納される里神楽も、
篠座神社で奉納される里神楽も見学に行けず、
八十八夜も知らぬ間に過ぎてしまいました、、、
八十八夜といえば、立春を第1日目として数えた88日目のことですが、
この日にお茶を摘むのが良いとされているのは、
「八十八夜の別れ霜(泣き霜)」のことわざがあるように、遅霜と関係があるのでしょうか?
たしか、霜が降りると茶葉が日に焼けて品質が落ちると聞いたことがあるのですが・・・
ご存知の方、教えてください。
遣唐使によって日本に伝えられた「お茶」は、「団茶」というウーロン茶にようなもの(半醗酵茶)で、
当時は「薬」として使われていたこともあり、いったん喫茶文化は廃れましたが、
鎌倉時代に臨済宗の開祖、栄西が2度の渡宋によって再び「お茶(抹茶)」を日本に伝え、
禅宗の中の礼儀作法として定着。
栽培が盛んになるに連れて、庶民にも喫茶文化が根付いた、といわれています。
江戸時代にオランダ商館付きの医師として日本に滞在したドイツ人、エンゲルベルト・ケンペルは、
帰国後の1912年、アジア諸国の風物についてまとめた著書、『廻国奇観(かいこくきかん)』を出版します。
その中で、次のような記述があります。
「奈良では貧しい職人が出涸らしでご飯を炊く。すると栄養価が高く、また腹持ちがいいので、三膳食べるところを、一膳で済ませることができる」
現在、お茶のビタミン群やミネラル群などの栄養素が注目され、出涸らしを使った料理などをよくテレビで紹介されていますが、
お茶の高い栄養価は奈良時代以降から評価されていました。
大野市博物館でも、お茶と関係する施設があります。
「武家屋敷旧内山家」です。
もともと内山氏とお茶には特別な関係はなかったのですが、
「武家屋敷」として公開した際、そのロケーションの良さから要望が出され、
毎週末や祝日などに呈茶を行っています。
住宅地とは塀一枚で隔てられただけですが、
意外と俗世間との隔離感があって、落ち着きます。
その内山家で、「越前大野城築城430年祭」を記念した茶会があります。
(正確には、内山家と、平成大野屋(平蔵)の2会場で行います)
担当職員に聞きましたところ、出されるお菓子は「築城430年祭」を記念して作る「記念菓子」だそうです!
もちろん市販されていません♪
お酒もお菓子も楽しめる僕としては(こういう人を「あめかぜ」というらしいです)、非常に楽しみです♪
武家屋敷の庭園を眺めながら、また、蔵作りの雰囲気の中で味わう抹茶(薄茶)はいかがでしょうか♪
(詳しくは、こちらをクリック(記念茶会))
(記念茶会は盛況のうちに終了しました。ご参会いただいた皆さま、ありがとうございました。 平成22年6月20日 追記)
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