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大野地区は、大野市の市街地およびその周辺部をさし、5,301世帯・14,580人が住んでいます。(H23.12.31現在)
住所:福井県大野市城町9-1 学びの里「めいりん」内
電話番号:0779-66-2828
FAX番号:0779-66-2885
メール:ono-k@city.fukui-ono.lg.jp
大野地区の紹介
大野地区は、大野市の市街地およびその周辺部をさし、5,301世帯・14,580人が住んでいます。(H23.12.31現在)
中心部は戦国時代につくられた城下町で、京都の町に似た碁盤目状の町並みとなっています。七間通りでは約400年前から始まった朝市が今でも開かれています。
「大野」という地名の由来
大化の改新以前は、北陸一帯を越国(こしのくに)と呼ばれていました。やがて、越前、越中、越後に分かれ、越前国に大野、足羽、坂井、丹生、敦賀の5郡ができました。大野郡の名前は、天平元年(西暦729年)10月21日との日付がある、平城京出土の木簡に初めて記されています。
名前の由来は定かではありませんが、いくつかの説がありますので紹介します。
1 盆地(現在の大野盆地)全体が大沼(大きい沼)であったが徐々に干上がって大野になった。
2 周囲を山に囲まれ、その中を流れる川がつくる豊かな扇状地を指して大野になった。
3 大野族と呼ばれる人たちが越前、美濃、飛騨に住んでおり、それぞれを越前大野、美濃大野、飛騨大野と呼んでいた。
その中で越前大野だけが残った。
4 全国の名前を紹介した、和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)という平安時代の書物の
越前国の欄に「於保乃」という地名がだされている。これが「大野」に変わっていった。
ぶらりまち歩き「大野雑学辞典」
歴史ある城下町「大野」には、市民でさえ案外知らないところが多いものです。
高度経済成長期を経てまちの様子はずいぶん変わってきていますが、そこには市民にとって忘れてはならない受け継いでいくべきものがたくさんあります。ここでは「機関紙まちづくり(注)」で紹介されたものを掲載します。(機関紙まちづくり第104号~)
(注)大野地区まちづくり推進協議会が発行する機関紙
- 林歌子生誕碑(水落町)
- カラマツ林(亀山公園)
- 柳廼社(城町)
- 広小路と釈迦師川(元町)
- こーど(元町)
- 芹川(城町)
- 水本学園高等女学校
- 土井家累代の墓所
- 砂山
- 赤根川
- 雪蔵跡
- 防空監視哨跡
- 亥山城跡
- 馬清水(篠座)
- 乳地蔵(糸魚町)
- 曙踏切(錦町)
- 宮小路(元町)
- 大野競馬場跡(篠座)
- 石灯籠通り
- 秋葉灯籠
- かわそさん
- 百姓一揆殉難の碑
- 松崎貞蔵の墓
- 金森長近の銅像
大野地区の行政区
場所情報
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大野公民館住所:福井県大野市城町9-1 学びの里「めいりん」内
電話番号:0779-66-2828
FAX番号:0779-66-2885
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2008年7月15日




